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『部屋とペンと僕らの未来』

世の中には色々な才能がある。どんなにその分野に秀でていたと自覚していたとしても、おそらく多分まだまだその上がいる。多少、その分野に置いて出来るからといって悦にいってたらもうそんなのお笑いぐさ。井の中の蛙、大海を知らずもいいとこだと思うよ。
そんなカエルがつまり自分だったとしたら、自虐じゃなくお猿よろしく反省しつつ下を向くっていう話だよ。
自分は小学校の頃から読書が好きだった。そのうち、その本を書く仕事に興味を持ち高校卒業の前には、作家を目指した。そう、目指すだけなら誰でも出来るという事に気が付くのにさほど時間はかからなかったよ。いくつかの有名な文芸社主催の小説公募に送り、でもその全てがまるでかすりもしなかった。
もしかしたらいけるのでは?応募する前は正直、そんな思いもあった自分が赤面もので恥ずかしい。でも、それでも自分は、残念な事に諦める事をしなかった。それが博打のような物だとは分かってはいたけど。
勿論、両親は大反対だったよ。そんな夢みたいなことを考えず、どこかしらの大学に行き出来れば公務員になって安定した生活を送ってくれと最後は泣きながら懇願されたよ。親の言った事は、しごく真っ当で正しい事だって自分でも分かってた。プロとアマチュアとではまるで違う、高い高い大きな壁がある事も知ってたよ。
親との仲も決してよく無かった事もある。色々あって地元にうんざりしていたのもある。気が付けば東京に住んでる幼馴染、小学生の頃、転校してきて二年間だけ大阪にいて、中学にあがる前にまた東京に帰っていった友人、仮にRという名称にしようか。彼に連絡した。「ごめん、これこれこういう事でそっちに暫くやっかいになれない?」。そう切り出したよ、東京にツテなんて他になかったからね。彼はT大生。日本でも有数の最高学府。ありていに言えばエリートって奴だ。自分などとは天と地の差のある奴だけど、どういう訳か大阪にいた頃も東京に行ってからも、繋がりはあり、なんとはなしに気が合う奴だったから。
「家賃はいらない。その代わり家事全般、全てしてくれたら同居人として来てくれてもいいよ」。ダメ元で頼んでみたら簡潔にそんな答えが返ってきた。そんなこんなでボストンバック一つで上京。晴れて花の都、東京の人間となった。作家になるという途方もない夢を掲げてね。
でも世の中、そんなに甘くはない。都会に来ても相も変わらず雑誌の投稿、出版社への持ち込みをしては、膝を地につくような挫折感を味わうその繰り返しだった。東京に出てきて三年。世間的にはフリーアルバイターという奴で色々、雑多に出来る事はなんでもしてる日々を送ってる。
掃除、洗濯、料理は好きだったし、Rの身の回りの世話を焼きながら、またバイトでもそんな感じの仕事もしつつ。Rは大学3回生。自分に残された時間は、あくまで彼の元で家賃レスの身でいられる時間の事だけど、残された時間は概ねあと一年。Rがまともに就職を考えてればの話だけどね。
もし4回になった後も何かしらの形で大学に残る選択をするのならまた別だけどさ。彼なら十分、その道へと行く可能性も才覚もあると思うけど、一応、リミットは残り後、一年と少しという所。なんでもかんでも高額な東京に高卒、職なし男が住むにはあまりに敷居が高い。
それ故に後、一年弱でなんとか作家として物にならなきゃ、半勘当の身で大阪を飛び出た自分は、反転、地元に帰り親の前で土下座して謝り、地道で真っ当な道に戻ろうと思うよ。だからこそ残された1年余りの時間を有意義に使おうと思う。
で、友人の家事手伝いをしながら様々なバイトをしてる自分だけど、今は東京各地のビルとかにある植物のケアの仕事をしてる。水やりから肥料の購入。とかく植物に関するお手入れ全般をしてます。勿論、そういった事を請け負ってる会社のアルバイトとして。
日本の首都、東京。何もかもあると言われてる東京だけど、その地域面積の大きさは他の都道府県に比べてもかなり小さいと思う。そんな小さな大都市に人が密集してる。多分、世界有数の人口密度の高い先進国。NY、LAに比べたらまだマシなんだろうけど、毎日のニュースを見ても犯罪件数もかなりあるみたい。そんなコンクリートジャングルだからこそ、
人の目には緑は必要なんだと思うよ。視覚的にも気持ち的にも、やっぱり人にとっての和みの元だと思う。大きな建物のある場所であっても、その持ち主、或いは行政機関は少なからず植物を添える。そのためにそれを世話する会社があり、自分みたいなアルバイトが雇って貰える。
正直、学なしコネなし資格なしの自分が就けるバイトは早々ない。だから、そこに応募して採用して貰ったのは、ただただ感謝しか無い。後、入って分かった事だけど植物の水やりとかは自分に合ってるみたいでなんとなく長く続いてる。その会社に臨時社員として従事し、東京各地のビルや公共施設にある植物関係のケアをさせて貰ってる。でもあくまで、自分の目標は物書き、作家になる事なんだけど。
「いい事だと思うよ」。ルームシェアをしてる件のT大生、Rがそう言ってくれる。「地球温暖化が世界的に問題になってる今、首都圏の中で酸素を輩出し二酸化炭素を緩和させる植物は必要不可欠な物だと思うよ」。
普段、饒舌では無い彼もたまに口を開いては気遣い的な言葉を言ってくれてる。普通なら口にするであろう、「作家?君、どうかしてる。馬鹿な夢なんか見ないで地元で平穏な暮らしに従事したら?」といった事もRは特には言わない。そんな彼が将来、何になりたいかを訊いてみた事がある。なんせ同居人だし、友人の前に大屋でもある。とるに足らない会話の一つとしてそう訊いた事があります。
「生産業」。一言、彼はそう言ったよ。口数が少ないにも程があるけど、その後は。「取り合えず、まだ一年の猶予がある。大学の院生になる事も他の道を行く事も選択肢の一つとして考えてはいるけど、今、特にこれといった物は考えてないよ」。
「でも、君なら頭がいいし、どの分野に言っても安泰なんじゃないの?」。そう言う自分に、「どんな仕事にも長短あって楽な仕事なんて無いと思うよ。明確に作家という目標を持ってる君の方が安穏と生きてる僕よりも向上心の観点に置いては遥かに上かもしれない」と、彼は言うけど作家という博打というか、おおよそ堅気とは言えない仕事を目指してる奴になんて寛容な言葉を言うんだろ?そう思いつつ、今日も街の各地を回っては植物の世話をしてる日々です。地球温暖化の緩和のためといった彼のいうような大仰な事も特には考える事なく、その日の仕事をなんとかこなしてる日常です。
広い東京の地で半ば謎めいた同居人とこの先、どのような暮らしが、未来が待っているのか、それは未だ未明の事。今日と明日の事をまずはどうにかこうにか考えるのがめいっぱいだよ。
「君、環境管理士に向いてるかも?」同居人はそう言うけど、まずその言葉を自分は知らなかった。どうやら彼は幾つかの特別な免許を取得してるみたいで、その手の事には詳しいみたいだ。彼、曰く。「趣味?ライセンス集めかな」、だそうだけど、彼が何を考えてるのか自分風情には正直、さっぱりわからない。ただ、やっぱり気の合う友人というのはいい物だと思います。高卒、フリーアルバイターの僕と有名国立大学生のR。出生も能力も性格も、何もかもがまるで違う2人だけど、でも未来に向けて試行錯誤してる、頑なにあがいてるというその一点だけは同じなのかもしれない。僕がどうにかこうにかして、結果、作家になれるかどうかは自分でもまるで分かりません。Rも1年後の事はまだまだ模索中みたいだし。若さだけが自分達の武器だとは、それはただの世間知らずな無鉄砲な子供の戯言なのかもしれない。そんな二人の共同生活。彼が不得手な事を僕がして、宿無しの僕を彼がサポートしてくれる。他にも色々、助け合ってこの広い広い東京という大都会の中でなんとかやって行こうと思います。自分の名前はK。今は何者でもない作家志望の21歳の男です。さてさて、僕たちの明日は果たしてどっちなんだか?。勿論それは怖い反面、楽しみでもあるかな。そんなこんなで今日の所はこの辺で。まずはご挨拶までにて、その少し長い一文でした。